浅森咲希奈、登場!え、そんなことある?THE 夏の魔物
で、事件ですよ。
8月末にようやっと時間を見つけて鑑賞した「カメラを止めるな!」、前の記事でも申したように、メガネ好きの俺はぐわんぐわんのカメラ助手に夢中だったわけであるが、そのちょっと後の9月9日、大阪は味園ユニバースではゲロ吐くほどアツいことが起こっていた。
読者諸君は(江戸川乱歩)、こちら↓の記事を読まれているだろうか?
戦え!何を!?人生を!!俺的人生の戦闘BGM5選 - 人生が楽しい
この記事の中で、僕はTHE 夏の魔物というバンドについて少し語っているのである。楽器を持った演奏メンバー4人と、歌ったり踊ったりを務める成田大致、泉茉里、アントーニオ本多、鏡るびい、大内雷電の9人からなるグループだ。実は彼らは「夏の魔物」という音楽フェスの主催でもあり、毎年バンド、アイドル、声優、プロレスラー、AV監督やホタテを焼く人など、ジャンルを問わず多種多様な人々が暴れ回る、それはもう恐らく世界で一番面白い音楽フェスなのだ。
今年2018年は9月2日に東京で、9月9日に大阪で開催されたわけだが、なんと、ROLLY&大槻ケンヂと魔物少女達という一夜限りのユニットで、THE 夏の魔物の泉と鏡、BILLIE IDLE®のファーストサマーウイカと共に、件のカメラ助手役女優・浅森咲希奈がステージに上がったのだ。すかんちのギターボーカルを務めるROLLYと、我が人生の大兄貴たる大槻ケンヂ、夏の魔物の女子メンバーと並び立つ浅森。披露されたのは、これまた俺がこよなく愛するアニメ「さよなら絶望先生」の楽曲であった。俺は会場が遠方だったこともあり、また時間も金もカッツカツであったため観に行けなかったが、もしその場にいたならば鼻血を噴いて窒息死していたであろう。更に悔やまれるのは、この日のライブをもって、THE 夏の魔物から泉が脱退することになっていたのだった。
リーダーの成田と共にツインボーカルを務め、更にメンバーで唯一ソロ曲も持っていた泉。その彼女が脱退するなど、まあ大事件である。そこについてはファンたちによって喧々諤々の意見交換が行われているため、のほほんと音源だけで楽しんでいる身の自分がここで何かを物申すのは遠慮させていただくが、息つく間もなく、物凄い発表があった。
浅森咲希奈がTHE 夏の魔物の新メンバーとして加入するというのだ。
もう目ん玉飛び出るかと思った。俺は「カメラを止めるな!」で初めて彼女を目にしたので知らなかったが、どうやら浅森はかつて広島県でローカルアイドルをやっていた過去があるようで、歌も踊りも覚えがあっての加入ということであろう。
見上げるような歌唱力と力溢れるパフォーマンスで様々なユニットで活躍していた泉。元は一般人ながら、アツいパンク魂と噴き上げる鬱憤を武器にオーディションを受けた鏡。BELLRING少女ハートのメンバーとして夏の魔物とも縁強かった麻宮みずほ。THE 夏の魔物の女性メンバーは、皆成田からの熱いアプローチがあっての加入である。浅森に対してもそうであったらしいが、アイドル路線を志した麻宮とは袂を分かつほど強くロックンロールを追及する成田が、新メンバーに選んだのが浅森…?という疑問が湧かないと言えば嘘になる。まあ、観に行きますけどね。
映画では夏の魔物に通ずると言えなくもない青臭い役柄を演じた浅森が、どんな歌を聴かせてくれるのか、今から猛烈に不安と楽しみがグチャッとした気分だ。それにしても革ジャン似合わんなぁ。
この時間があと8時間くらい続けばいいのに…。「カメラを止めるな!」
新宿をブラついていた時に、ふと尿意を催し、トイレを借りにゲーセンに立ち寄った時、「カメラを止めるな!」のポスターが目に入った。映画館に掲げられた、無名の俳優、無名のスタッフがクレジットに名を連ねる、安いメイクのゾンビが映り込んだそのポスターを見て、「うーん…別にいいや…」と呟いたのが7月の頭か中旬くらいだっただろうか。それが一月も経つ頃には上映館激増地上波に関係者出まくりどいつもこいつも観た?観た?と騒ぎ立てるほどの超話題作にまで化けようとは、よもや尿意に急き立てられた俺には露も予想出来なかった。
なんという後悔!!ゾンビと名の付くものならとにかく目にしなければ気が済まない貪欲さのあった19歳の俺ならば、ヨダレを垂らして即座に観に行ったであろう。ところが、ゾンビ映画界は玉石混交の修羅地獄、身も心も疲れ果て、MCUやバーチャルYouTuberに牙を抜かれた24歳の俺は、「カメラを止めるな!」との出会いの意味に気付くことが出来なかった!
無邪気な顔で「『カメラを止めるな!』観たよ!」と報告してくる友人たち。繁忙期を迎えたバイトに忙殺され大幅に鑑賞が遅れた俺。あの7月の日に観に行っていれば、この話題作を発掘するのはゾンビマニアを名乗るこの俺であったのに!!
己の未熟さを恥じながら、8月末にようやっと観に行ったこの映画、そりゃあもう腹抱えて笑いましたよ。
さて、ここからは内容に触れていきたいのですが、この映画は前情報の多さに比例して面白さが半減していく仕様のため、未見の方は是非本編をご覧になった上で読まれたい。
念のためいっぱい改行しておきます。
この映画の最大の特徴は、やはり映画本編を見せた後で、その裏で何が起こっていたのかを改めて見せなおすという、劇中劇とも二重構造とも言い表せないあまりに新しい進行だろう。妙な間や、不自然なタイミングで退出していく登場人物、あまりに都合良く手に入る武器など、物語の中の不自然な部分に、まるで白黒の線画に色がついていくように、理由が付け足される。更に、血走った形相で作品に入れ込む監督の存在や、ラストシーンのカメラアングルなど、一見問題なく展開されていると思わしき部分にも裏の理由がきちんと存在していて、「え、それも!?」という驚きの供給過多である。
映画の前半部分である劇中映画本編は、まぁ恐らく後半で見せられるドタバタな裏側の前振りとして、やや不自然な部分やヘタな部分を強調して作られているのだと思うのだが、B級C級ゾンビ映画を数多喫してきた我が身としては、非常に覚えがあるのだ。
ナチスのゾンビ軍団を謳っておきながら、パジャマ姿のゾンビが4,5人しか現れない『超化学実験体ゾンビロイド』。前作のハイテンションが嘘のように、精神病者のボンヤリした日常が尺の半分以上を占める『デイ・オブ・ザ・デッド2』。『ゾンビVSスナイパー』では、なんと腕利きのスナイパーであるはずの主人公はハンドガンしか使わなかった。
これらの作品の持つ「それ何やねん?」の裏に、「監督!ゾンビ役のエキストラを乗せたバスが事故っちゃったみたいです!」「監督!今度撮る精神病院でのほのぼのドラマなんですけど、なんか急遽ゾンビ物にしてほしいらしいです!」「監督!スナイパーライフルがよくわからなかったんで、とりあえずハンドガン発注しておきますね!」などといったトンチンカンな事情が渦巻いており、それが更にチャランポランなプロデューサーの「とりあえず完成させてください、そこそこでいいんで」の一言ですべてまかり通っちゃっていたのだとしたら?
そうした想像の中で生まれた上田慎一郎監督のゾンビ愛溢れる表現だったのかもしれないし、若しくは低予算の現場でありがちな不条理を描いた哀愁漂うあるあるネタなのかもしれない。何にせよ、この形式は間違いなく映画の現場へのこよない愛の産物であるのだろうということが、本作が特に業界人から強い称賛を受けていることからも想像に難くない。
キャラクターも皆魅力的であった。鑑賞前、先に観てきた友人から、「お前の好きそうなメガネっ子がいるぞ」と前情報を貰っていたのだが、ぐわんぐわんのカメラ助手、最高でした。ビジュアルもさることながら、好きなカメラワークを頻りに押していく情熱と、隙あらば自分にも仕事を!というガツガツした精神が泣かせてくれるキャラであ
る。アイドル女優役も黒目がちな目が素敵だ。こだわりの強いイケメン俳優などは、打ち合わせのシーンで「人種問題がテーマだと思う」と、ゾンビ映画も齧っている風なセリフを言ってくれる(でも考えすぎだと思う)。いや、一人一人の個性が強すぎて、全部列挙していたのではこの記事が書き終わらないので、このくらいにしておきますが。観た人ならキャラが素敵なのなんてわかりきってると思いますしね。
情熱を内に秘めるも生ぬるい仕事に角を丸くされてしまった監督が、クセの強い俳優達やプロデューサーの無茶ブリに耐えつつ、妻や娘の支えも借りて最後は皆笑顔で一本の番組を撮り上げる「カメラを止めるな!」、何よりも、何かを作り上げるということに心血を注いだことのある者が観れば必ず胸を熱くしてくれるような映画だった。
ところで、エンディング曲がJackson 5の「ABC」をパロってるっぽい曲だったのは何かのネタだったんだろうか?分かる方いたら教えてください。
勧めろ!!グロ・ホラー苦手人間のためのゾンビ・ソフトランディング
世のゾンビ映画大好きボンクラ男子諸君は、一度はこういう欲望を抱いたことはないだろうか?「カワイイあの娘と一緒にゾンビ映画が観たい!」と。しかし悲しいかな、中川翔子や故・紅音ほたるのようにゾンビ映画を楽しく観てくれる女神の如き女子はほんの一握りで、大抵の女の子達はゾンビ映画など誘おうものなら「私グロいのとか無理で…」とやんわり断られるか、若しくは「キモイ」「死ね」と罵詈雑言を叩きつけてくるだろう。そうと分かっていながら、しかし自分の愛するものを理解してもらいたい、一緒に楽しみたいと思ってしまうオタク心理には頷ける。何を隠そう、この僕もそう考える筆頭だ。そこで、今回は、僕が普段頭の中でグフグフと練っている、ゾンビに馴染みのない人間をゾンビ道に引きずり込むためのソフトランディング・プランをご提案させてもらおうと思う。
さてでは、普段ゾンビ映画を観ないタイプの人間に、一番に何を見せるべきだろうか?日本人には馴染みの深い俳優陣が揃った「アイアムアヒーロー」か?いや、これは否だ。主演に大泉洋、ヒロインには有村架純、長澤まさみを登用し、端役には風間トオルや片桐仁、メイプル超合金などが名を連ね、ここだけ見ればいかにも大衆向けな香りだが、この映画はゾンビのデザインがめちゃめちゃ怖く、グロ描写もかなり容赦がない。この僕ですら観るのに少し勇気が要るほどである。実際、映画館で観たときはカップル客の女性が怖くて泣き出す声が周りから大発生しており、映画館を出た後の2人の空気を思うと切なくて切なくて…。もちろん映画としてはウルトラ面白いのでいずれは是非観てほしいが、一発目に持ってきてしまってはトラウマ必至である。
では、ゾンビ映画として圧倒的なネームバリューを誇る「バイオハザード」か?これもダメである。私事だが、僕はシリーズ6作品をすべて見せたうえで、「どれが一番面白かった?」と聞き、相手が「2」以外を挙げると反射的に拳が出てしまう体質だからだ。
ここでは、僕は「ウォーム・ボディーズ」を推したい。
ゾンビと人間との恋を描いたラブストーリーで、グロ描写はほぼほぼ皆無。主要キャラは生きた美女とイケメンゾンビとで目ざわりも良く、最終的に皆が幸せになるエンディングには心温まる。デート向きですらあると思えるこの映画なら、まず女子に抵抗感を与えることはないだろう。また、一般的に持たれているであろうゾンビ映画の「グロいだけ」「薄い」「マニア向け」といった先入観を、不意のアプローチで打ち砕くことが可能だ。「こういうのもあるんだ」と思わせた時点で、この勝負はこちらの勝ちである。
さて、これを見終えたなら次は「ライフ・アフター・ベス」「ゾンビヘッズ 死にぞこないの青い春」だ。
前者は生きた男とゾンビ化した彼女の話、後者はゾンビとなった男が生前の婚約者に再びプロポーズしに行く話で、「ウォーム・ボディーズ」よりもコメディ感が強い。このあたりから少しだけ血の量が多くなるが、それでもゾンビ映画という括りでは無いに等しい量であろう。ゾンビ以前に、人に映画を勧めるなら当然面白くなくてはならない。この2作は、ラブ要素もコメディ要素も上手く、広く誰にでも勧められる作品だ。
3本も観れば、そろそろ死体が人間を食うことの違和感は薄れてくるだろう。次は、津々浦々で人気を勝ち取った大作で攻めてみよう。「ワールド・ウォー・Z」と「新感染 ファイナル・エクスプレス」だ。
これまでの3本と比べると一気にホラー感が増し、シリアスな展開でより恐怖という方向に観るフォーカスが動いていくが、誰もが満足できる安定した面白さと意外に低いゴア度が魅力だ。どちらも「家族を守る戦い」が物語の中心となりファミリーにも勧められる映画だし、「WWZ」の主演ブラッド・ピットを知らない者はまずいないだろう。「新感染」の魅力については、こちらで語った通りだ。→
ちょっ………と良すぎません?「新感染 ファイナル・エクスプレス」 - 人生が楽しい
グロだけでなくホラーにも耐性がない方々にも、是非とも楽しんでいただきたい2本だ。
ここらで、少しだけ血の量を増やしてみたい。「ショーン・オブ・ザ・デッド」「ゾンビランド」「ゾンビーノ」「ロンドンゾンビ紀行」「カリフォルニアゾンビ逃避行」だ。
5本に共通して言えるのは、どれもコメディ要素の強い作品であること。これらに登場するゾンビ達は、「ウォーム・ボディーズ」や「ライフ・アフター・ベス」に比べるとかなりゾンビゾンビしており、人間を食べるシーンも多めかつしっかり見せつけてくるが、コメディ要素がオブラートとなり、一瞬は目を背けても、映画単位では楽しんで観てもらえるだろう。特に「ショーンOTD」「ゾンビランド」は日本でも知名度の高い作品であるし、「ゾンビーノ」の少年とゾンビの友情は観る者の心を癒してくれる。「カリフォルニアゾンビ逃避行」は、邦題のせいで「ロンドンゾンビ紀行」のヒットにあやかったパクリ作と思われがちだが、実際はプロットも全然違うししっかり面白い作品だ。人を食べるシーンのせいで観客を限定するが、だからといって観ないのはあまりに惜しい良作である。ここまでのステップでゾンビへの抵抗を薄れさせ、この5本へと導くことは、感謝すらされ得ることだと僕は信じている。
ここまで観れたらもう食人描写の耐性はかなりついてきているはずだ。ラブ、コメディ、ファミリー要素の次は、アクションでゾンビを魅せよう。「ドーン・オブ・ザ・デッド」「プラネット・テラーinグラインドハウス」「ランド・オブ・ザ・デッド」辺りはどうだろうか。
ここまでのゾンビコメディ中心のご紹介から一転、完全にホラー映画の枠に踏み込む。ただし、「死霊のえじき」のようなジメジメとした映画とは違い、ハイテンポなアクションが清涼剤となってくれるはずだ。ゾンビ化した胎児、腐り落ちる男性器など、ブラックかつ過激なネタも登場してくるが、ここら辺への耐性も「ショーンOTD」辺りで付けてくれていると信じたい。また、ここで初めてロメロ作品をひとつ挙げてみた。「ランドOTD」は大きいスケールと多めのアクションシーンがロメロ作品の中でも比較的口当たりを良くしてくれているし、ロメロの主張の部分が最も汲み取りやすい作品だと思っている。この辺で、そろそろロメロの味も覚えてもらおうという寸法だ。
さて、いよいよ最終段階だ。ホラー要素の強いゾンビ映画の名作として、「REC」「28週後…」を推してみたい。
おめでとう。ここまでの映画を彼女にすべて見せることに成功した諸君は、もう立派なゾンビファンを一人作り上げたと思って良かろう。育成プログラムの修了証明書として、この2本を捧げたい。安定感のある良作で、ゾンビ映画を探している人間は必ず通るであろうこの2本、僕はこの2本を喜んで観てくれる女の子を探すためにこの記事を書いていると言っても過言ではない。
熱心なゾンビファンであれば、ここまでお読みいただいたうえで、「ロメロとフルチは見せなくていいの?」とお思いになることもあるだろう。確かにロメロとフルチは基本中の基本だが、やや渋みが強かろう。現代、映画館に足繁く通う人間に黒澤明を見せて、果たして喜ぶだろうか?現代のアニメファンに「鉄人28号」を見せて、果たして喜ぶだろうか?ゾンビ映画を観て、始祖に興味を持ってくれた人だけがロメロやフルチを観てくれれば良い。ゾンビはよたよたと歩くべきか?それとも俊敏に走るべきか?いや、ゾンビ映画を観る人間がいる、ということが重要なのだ。
ということで、僕の考案したゾンビ映画を馴染ませるためのステップ、如何だっただろうか。僕はまだ実行したことのない(というかほとんど旧作だし、家で女の子と一緒にDVD観るまでに漕ぎつける方法をまず教えてほしい)プランなので、是非皆さまにはこれを試していただいて、結果の如何をお教えいただけたら嬉しいです。最終的にさぁ、「ゾンビ・マックス!怒りのデス・ゾンビ」とかを楽しんで観てくれるようになったらいいよね…などと考えながら、僕は今日も誰にも勧められないようなババ映画を引いてはふて寝をしている。
輝け個性!サイコキラーの見本市「ファンハウス」
何の影響だかはまったく記憶にないが、僕は幼い頃から個性がバラバラのキャラクター達が一堂に会するというフォーマットが好物で、格闘ゲームのキャラクター達や最近流行りのスマホゲーム「Fate/Grand Order」、若しくは「リーグ・オブ・レジェンド」や「アベンジャーズ」などの映画が大好きだ。「キングダムハーツ」や「大乱闘スマッシュブラザーズ」などのクロスオーバーもたまらない。異なる性別や色彩、体格、戦術などがかわるがわる登場するパレード的な楽しみや、タイプが違う故に展開されるチグハグな会話がたまらなく可愛く見えてしまう点などが、僕が思うそれらの主な魅力であるが、何の気なしにTSUTAYAに入ってみたら、これまた魅力的な映画を見つけてしまった。お化け屋敷を舞台としたホラーコメディ「ファンハウス」である。
2016年、アメリカ。ハロウィンで世間が沸き立つ中、大規模なお化け屋敷が新たにオープンした。実際の凶悪殺人事件をなぞらえたコンセプトが物議を醸すが、コスプレをしてバカ騒ぎを楽しみたい若者たちはこぞってお化け屋敷に集まってきていた。
同じ頃、凶悪殺人犯を多数収容する精神病院では、クイン記者に成りすました謎の女によって院長が殺される事件が発生。人肉をレストランで提供していたシェフ“アニマル・ザ・カニバル”、患者の歯をすべて抜き去ってしまう“イケメン先生”、人間の剥製作りを趣味とする“剥製師”、地下プロレスのレスラーで、対戦相手を試合中に殺害した“ピエロのロッコ”、カルト教団の教祖で史上最大の集団自殺を煽った“知性のマニー”ら、計5人の殺人鬼が解き放たれてしまう。しかして謎の女の正体は、マニーの娘で、犠牲者の目と口を縫い閉じてしまう殺人鬼“ステッチ・フェイス・キラー”なのであった。
6人はお化け屋敷に潜入し、オーナーをも手に掛ける。実はすべては、ステッチ・フェイスがオーナーのセフレとして糸を引き、自分たちをモチーフとしたお化け屋敷を作らせ、本人たちが役者に成り代わり、来場者を演出に見せかけて本当に殺してしまおうという、マニーの周到かつ大胆な殺人計画だったのだ!
女性保安官のホッジスと副保安官のドイルは、ステッチに殺された本物のクイン記者のメモから事件を悟り、お化け屋敷へ。そして、近所のダイナーで働くモーガンら若者グループも、バイト仲間で楽しもうとお化け屋敷へ向かっていた。
本物の凶悪殺人犯が待ち受ける阿鼻叫喚のファンハウスから、モーガン達は生きて帰れるか…?
この映画の感想を過不足無く正確に一言に当てはめるならば、「惜しい」に尽きる。惜しさしかない。ホント、もうちょっと頑張ってほしかった。
精神病院の院長が、5人の殺人鬼の伝説を偽クイン記者に語るシーンまではウキウキワクワクなのだが、いざ彼らがお化け屋敷に着いてみると、なんかキャラも力も弱いのだ。各々の事件現場を模した演出の数々を見て、シェフは「わしゃチーズケーキ職人か!」と謎のツッコミ。剥製師は「剥製の道具もないじゃないか」と落胆。そうだそうだ、それらは紛い物でしかない。ホンモノの恐ろしさを見せつけてやれ!とこちらの期待を煽っておいて、なんとシェフは警備員を殺して警備室に陣取る。え、人肉料理は?イケメン歯科医と剥製師は、この辺りから完全に空気と化す。それなら元のお化け屋敷の飾りでいいじゃない。
その分殺人レスラー・ロッコの出番は多めだ。ラリアット、パワーボム、シャイニングウィザード、ド派手なプロレス技で浮かれポンチを皆殺しだ!!…と思いきや、首を捻ったり壁に叩きつけたり、やってることは至極地味。さっき教祖も同じ殺し方してましたよ。
揃いも揃ってなんか垢抜けない凶悪犯達。ステッチ・フェイスが結果1番目立つが、こちらもビジュアルとキャラが完全に「バットマン」のハーレークインをパクってるっぽいというなんだかなぁ…なこの感じ。
極め付けに、シェフ、歯科医、剥製師の3人は民間人の反撃でアッサリ退場。マイケル・マイヤーズの爪の垢でも煎じて飲んでなさい。
ちなみに精神病院院長を演じるのは「エルム街の悪夢」でお馴染みのロバート・イングランド。ジャケットであんなに黒幕ヅラしてるのに、すぐ死んじゃう上に普通に善人なのである。そんな雑なロバートでホラーマニアが釣れたら苦労はあるまい。
さて、物語が進むと、ホッジス保安官の母親はなんとマニーの教団の一員として集団自殺に巻き込まれており、その敵討ちに燃えていたことが分かる。「悪魔のいけにえ2」を観た時も思ったのだが、これ、普通に正義感が強い人とかではダメなのだろうか。両手にチェーンソーを持ってフンスフンスといきり立つデニス・ホッパーも本作のホッジスも、実は身内がやられていたという大事な話を尺の都合かテンポの問題か、短い回想か思い出話で片付けてしまう。するとそれはもう盛り上がりとか理由付けというよりは余計な情報のレベルになってしまうような気がするのだ。それとも、そのくらいの理由がない限り、いくら警察や保安官でもヤバい奴には関わりたくないということなのだろうか。もしもそうならやるせない話である。
舞台が2016年ということで、犠牲となった仲間の写真をインスタにアップする若者やヒラリー・クリントンのコスプレなど、現代風のネタも登場するが、風刺的なメッセージ性は皆無。ハロウィンでバカ浮かれる奴らこっ酷く死ねばいいのに的な、八つ当たり的パッションで作られた映画と見て良いだろう。「サタンクロース」くらいぶっ飛んでくれれば名作にもなり得るのだが、今ひとつインパクトに欠け、ホラーにもコメディにも中途半端で振り切れてない感じが、鑑賞前の期待値の高さだけに残念だ。
「ファンハウス/惨劇の館」「マーダー・ライド・ショー」「殺人遊園地」など、お化け屋敷を舞台にしたホラー映画は数あるが、申し訳ないが正直本作はこのいずれにも到底及ばないという印象だ。ただ、ゴアシーンは結構頑張っているし、全体的にノリが軽く観やすいので、お友達とワイワイ観るにはちょうどいいのではないだろうか。
世はバレンタインだと言うのに僕は何をやっているのだろう。女の子と浮いた予定があるでもなく、ヒネたホラーマニアとして「血のバレンタイン」を観るでもなく、ヘンな過ごし方をしてしまったものだ…。
バイト終わりにフリーターのお姉さんから手作りお菓子をいただきました。わーい。
ウーヴェ・ボル…てめえ…ふざけんなよ…「超科学実験体ゾンビロイド」
「レイプゾンビ」について書いた第3回更新から「新感染 ファイナル・エクスプレス」について書いた第4回更新までには実に102日の間隔がある。この間隔の原因としては多忙、体力の問題、単純に若干飽きていたなどの理由があるが、ではこの102日間、まったくこのブログのことなど考えていなかったのかと問うならば、実は一本分の下書きを用意していた。書きかけのまま、存在を徐々に忘れていたのだ。2,3か月の時を経て、今ようやく下書きを仕上げてみたので、ここから下の文章は2017年の10月か11月頃に書かれたものだと思って読んでいただきたい。
僕は自他共に認める、ちょっとしたゾンビマニアだ。ところが、最近メッキリ駄目なんである。アクション映画やマーベルヒーローズ、殺人鬼ホラーの面白さに浮気しがちというのもそうだが、やはりゾンビ映画の世界は言わずもがな玉石混交で、しかも悲しいかな圧倒的にクソが多い。
高校生の頃などは、若さとヒマに任せてゾンビと名のつく映画には片っ端から目を通さずにはいられないガッツがあったが、日々バイトに明け暮れ、帰宅する深夜0時頃から映画を見始める生活が基本となった今、ゴミ映画に当たるのは結構ツライ。
そんなわけで最近はスッカリ博打を打たなくなり、ハズレの無さそうな名作や超大作ばかり観るようになってしまったが、こんな生活も1年近くを数えるとそろそろゾンビマニアとしてのアイデンティティが危うく感じられてきた。オタク心はかくも面倒臭い。
そんな経緯で、ツタヤでたまたま目に付いた「インド・オブ・ザ・デッド」「デッドガール」そして「超科学実験体ゾンビロイド」を借りてきたわけだ。「デッドガール」は話が重めで、「インドOTD」はかなり面白いという前評判を聞いていたため、ストーリーが大味そうで期待度も薄かったゾンビロイドを最初にプレーヤーに放り込んだ。結果として、僕は2回寝落ちを挟んだ末に途中から1.5倍速再生した。
時は第二次大戦下、ドイツにて敵兵の真っ只中に取り残されてしまった4人のアメリカ兵は、ハーケンクロイツがデカデカと掲げられた怪しげな建物に身を隠す。そんなとこ絶対ヤバいと思うのだが。4人は応援を要請するため通信室と書かれた部屋を見つけだすが、なんとそこにはパジャマ姿のゾンビの群れが!!
1人がゾンビに噛まれ、1人は敵兵の銃弾で、また1人は地雷を踏み、遂に一番若いアメリカ兵が1人ポツンと生き残った。ゾンビによる犠牲者は、後にも先にもただ1人である。オイオイ。
やがて現れたナチスのマッドサイエンティスト。語られるゾンビの秘密。果たして若きアメリカ兵の運命は…?
それが、よくわかんないんである。というか、もうこの映画ムチャクチャなんですよ。
まず、ゾンビが初めて出てくるのは、もう映画は半分近く終わっている頃で、しかもそこまでの登場人物はアメリカ兵4人のみ。戦うでもなく、何も盛り上がらないまま、ただオッサン4人が建物の内部をコソコソ見回るのに50分近く使う。もうここで僕は観るのやめようかどうか迷いました。
そして先述の通り、ゾンビの被害者はたった1人。一般市民などはほとんど出てこず、ゾンビを操るナチスの敵対勢力がたった4人なのだから当然の割合ではあるのだが、それにしたってゾンビ映画でゾンビにやられるのが1人だけってそりゃないよ。途中意味有りげに現れる地元民の女性も軽く道案内をしてくれたっきり安否がよくわかんなくなります。なんなんだよ。
極め付けが、ナチスの科学者が語るゾンビの秘密。「なくならない戦争。死体は増え続ける。私はムダが嫌いだ。」と語る科学者。ははぁなるほど、死んだ兵士を蘇らせてゾンビ兵として再利用って寸法ね?科学者は続けます。「開発した薬は精神病を持つもののみに効果があることがわかった」ん?戦争のショックでPTSDになった兵士の死体とかかな?と思ったのも束の間、「我々は世界中から精神病患者を秘密裏に集めた」という科学者のセリフと共に、パジャマ姿の精神病患者を次々に撃ち殺す回想カット。ん?
これ、ちゃんと説明出来る方いらっしゃいましたら是非メッセージください。何しろ僕は眠い目を擦りながら倍速で見てるもんですから、ちゃんと理解出来てないのかもしれません。でも恐らく、彼は支離滅裂なことを言ってるんだと思います。
そして、一通りの説明をウットリと終えた科学者は、鎖に繋がれたアメリカ兵にゾンビをけしかけ、あわや噛まれる!というところで暗転。アメリカ兵の幼少の思い出の回想を挟み、茫然自失のアメリカ兵をドイツ兵が連れ出すカットで映画は終わる。まさか夢オチ?
もうね、わけがわかんないんですよ。科学者も、最初は戦争の話してたのに気がついたらお前が息子を殺しただなんだと個人的な話を初めて、もう目的も何もかもブレブレ。久々にへんなの観ちゃったなぁ…という感じです。
パッケージの裏を見てみれば、監督の名前は悪名高きウーヴェ・ボル。読者諸君(わー、江戸川乱歩みたい)は彼をご存知だろうか?ゲームの映画化を数多く手掛けるも出来はクソ&クソ、ゲーム原作の映画をこれ以上作らせないための署名運動が起きたり、かのブリザード・エンターテイメントからは「ボルにだけは映像化権を渡さない」と宣言された監督だ。ゾンビ関係だとセガの超名作ゲーム「ハウス・オブ・ザ・デッド」を監督している。世間の評判は散々だが、僕は結構好きな映画だ。
でも、ゾンビロイドだけは許さん。僕の人生の最低映画ベスト3の第3位に堂々ランクインだ。
ちなみに2位は「ゾンビナイト(中黒が付かない方)」、1位は「ゾンビVSスナイパー」です。仏道修行でもなさっている方、もしくは敵兵の拷問用などに是非どうぞ。
浮くことを恐れるな!オタク頑張り映画の隠れた名作「ゾンビ・ハイスクール」
「新感染 ファイナル・エクスプレス」について書いた記事で、僕は文の終わりをこう結んだ。
『満足度は僕が保証するので、是非皆さまにも観ていただきたい。もしご満足いただけなかったら、この間ディスクユニオンで108円で買った「ゾンビ・ハイスクール」のDVDを先着一名様にプレゼントいたします。』
中古店で破格の108円で売られ、僕でさえ簡単に人に差し上げても構わないと書いた「ゾンビ・ハイスクール」、果たしてどんなゴミ映画なのか?
とんでもない、僕はこの映画が大好きで、是非こちらも皆さまに楽しんでいただきたいと思ってああ書いたのだ。
放課後の居残り部屋には、いじめっ子の筋肉バカ・ブラッド、その恋人でチアリーダーのジャネット、ブラッドの悪友で同じく筋肉バカ・ジミー、ヤク中のバカ・アッシュ、ゴスパン衣装のゾンビマニア・ウィローらが集っていた。成績優秀だがダサいオタクのエディも訳あって居残り部屋に入ると、突然教室の隅で蹲っていた男子生徒が女教師の首筋に噛み付いた!
助けを呼ぼうと教室を出ると、いつの間にか高校はゾンビの海になっていた。一行は「ここの生徒なら死んでも寄り付かない」と踏んで図書室へ籠城することに。
キャラクターの強すぎる個性やエディ、ジャネット、ウィローの三角関係なども背景に、6人の高校生が生き残りを懸けてゾンビとの戦いに身を投じる…。
よくある(と言っちゃ身も蓋もないが…)冴えない男がパニックの中で奮闘するフォーマットの映画で、登場人物はバカしかおらず、物語は終始ゆる〜いギャグのテイストで包まれている。上映時間も80分少々と短めで、どんな気分の時でもお手軽に楽しめるスナック・ムービーだ。
ゾンビのタイプは、作中では緩慢なヤツと素早いヤツの2タイプがいると説明されているが、実際には素早いタイプは居残り部屋の最初のゾンビ一体のみで、後はノロノロのロメロ型ゾンビ。集中力は局地的で、コッソリ歩けば難なく横をすり抜けられる…というか廊下にいっぱいいても「ワーッ!」と走り抜ければ案外いけちゃうイージー仕様。運動が苦手なオタクでも廊下いっぱいのゾンビを皆殺しに出来ちゃう緊張感の無さと捻りのない設定がネットでは酷評されているが、僕は演出によって都合のいいハッタリも効く柔軟さは好きだし、突飛な設定を加えず手堅く作られたゾンビも好みなので問題なし。
登場人物の名前には、ブラッド、ジャネット、エディ。ん?「ロッキー・ホラー・ショー」を意識しているのか?しかしそれだとジミーとアッシュが説明できない。ゾンビファンとしてはアッシュと聞くと「死霊のはらわた」を思い出すが、いやしかしあまりにも統一感が無さすぎる。そんな名前の人いっぱいいるし、偶然でしょう。と思いきや、図書室の名前が「サヴィーニ・ライブラリー」。確信犯だコレ!!中学生時代、映画研究部で、登場人物の名前をすべてゾンビ映画監督の名前の捩りにしてゾンビ映画の脚本を書いた僕とやってることが同レベルだ。じゃあジミーも何かのキャラクターの名前なのだろうか。分かる方いたら教えてください。
図書室に籠り一息ついた一行は、やがて鬱憤トークにもつれ込む。プロムクイーンも務めるスクールカーストの頂点たるジャネットは、「人気者は周りから服も化粧も彼氏もジャッジされるし、嫉妬されまくってツライの!人気のないあんた達には分からないでしょうけど!」などと宣い、ウィローらはウンザリ。
しかしそんなジャネットにゾッコンなエディを見て、エディに想いを寄せるウィローは一喝。「みんなジャネットを愛してるんじゃなくて、ジャネットに惚れるべきだってみんなが思ってるからそうしてるだけ!浮くのが怖いなんてバカみたい!」ゾンビの襲来によってスクールカーストも糞もなくなった今になってする話か?というツッコミはさておいて、本作のテーマは恐らくここだ。いじめられ、オタク趣味を恥じながらオドオドと暮らすエディ、スポーツと美貌によって学園の頂点に君臨するブラッドとジャネット、長い物に巻かれ、そこそこの位置をキープする凡人ジミー、カースト制など何処吹く風と我が道を行くウィローとアッシュという構図がパーティの色彩を際立たせる。そしてエディはやがて体面に縛られ浅ましさを晒すジャネットに辟易し、本当に愛すべき女性の存在に気付くのだ。世間から溢れることを恐れず、愛するものを恥じずに生きることを良しとする筋肉少女帯と銀杏BOYZ大好き少年だった筆者はウィローの生き様に強く共感し、ウンウンと頷きながら観ていたものだ。
アクションはさほど派手ではないながらも、ゾンビの造形はかなり頑張っているし、図書室のトークも、人によってはダレてるように思うかもしれないが、僕は退屈しなかった。何よりギャグがいい感じにくだらないので、軽いノリのホラーコメディとして、なかなかに楽しめよう。
「ショーン・オブ・ザ・デッド」「ゾンビランド」など、冴えない主人公が絶体の危機を前に一躍頑張る映画は人気だが、この「ゾンビ・ハイスクール」もそれらに引けを取らない隠れた名作と言っていいと思うのだ。「終末の過ごし方はロメロの映画で学んだよ」と歌うSpritesのエンディング曲「George Romero」も泣かせてくれる。あたかもゴミ映画の話のような紛らわしい書き方をしてしまい、申し訳ありませんでした。本当のゴミ映画というのは例えばそう、「超科学実験体ゾンビロイド」のような映画のことを言うのです。
次回、ゴミ映画への怒りが炸裂!乞うご期待。
こんなに早く超えられるとは思わなかったよ…「ソウル・ステーション/パンデミック」
つい先日、「新感染 ファイナル・エクスプレス」という映画について記事を書いた。内容はと言えば超絶賛で、今後しばらくこのレベルのゾンビ映画には出会えないだろうと、そんなつもりで書いていた。
…だって、まさかエピソード0の方が面白いなんて思わないじゃんね。
主人公は、風俗店から逃げてきた過去を持つ少女・ヘスン。安旅館で明日をも知れぬ生活を送っており、職にも就かずにネットカフェに入り浸ってばかりのキウンという恋人と共に暮らしているが、ある日、キウンがへスンの写真を使って出会い系サイトに投稿を行っていたことを知り、ケンカ別れをしてしまう。何しろキウン、これが初犯ではないのだ。信じられないクズである。
ちょうど同じ頃、ソウル駅前にて首に噛み傷を負った一人のホームレスが絶命。程なくして、ホームレスは獰猛な形相で生きた人間を襲って食い始めた。ゾンビ・パンデミックの始まりである。
キウンと別れ、とぼとぼと町中を歩くへスンはパンデミックに巻き込まれ、行く当てもなく逃げ惑う。一方キウンは、へスンを探していた彼女の父親と合流し、ゾンビから逃げながらへスンを探しに向かう。
果たしてへスンとキウン、そしてへスンの父親は、無事再開を果たすことが出来るのか…?
↑本作のゾンビ。血管の浮いたデザインはちょっと「アイアムアヒーロー」的
本作は「新感染」の前日譚という位置づけの作品で、完成は「新感染」が先だが企画は本作が先である。監督は「新感染」と同じくヨン・サンホ。彼は元々いじめをテーマにした「豚の王」や、新興宗教をテーマとした「我は神なり」などで知られる社会派アニメ作家で、「新感染」は初の実写作品であるとのことだ。
そして主人公・へスンを演じた声優はシム・ウンギョン。「新感染」で、列車に駆け込む最初のゾンビを演じた女優だ。意味ありげなキャスティングだが、感染経路や服装などが違うため、同一人物なのかどうかは謎である。ちなみに日本語吹替は白石涼子。「新感染」の女ゾンビは川澄綾子だったが、この違いの意味は…?(多分別にそんな無い。)
作品を一貫して覆うのは、韓国の、社会の最底辺を這いずる人々へのあまりに非情な眼差しだ。物語冒頭、二人の若者が「福祉というのは、すべての人々に対して施されるべきだ」と話し合っているところへ、首から血を流してフラフラと歩く男が通りかかる。若者の一人は助けようと近付くが、男がホームレスだと分かるや引き返し、「ああいうのは死んだ方がいい」と宣う。彼らの中では、ホームレスに人権はないというわけだ。
そのホームレスの弟(同じくホームレス)は兄を助けようと奔走するが、駅、薬局、「シェルター」と呼ばれる保健室のような施設(?)など、どこへ行ってもまともに相手にされない。そうこうしている内にゾンビとなった兄に噛まれ、行き場のないホームレスを中心に感染は拡大していくのだ。作中ではゾンビ・パンデミックという分かりやすい事象で表現されているが、彼らはきっと、自然災害や疫病の蔓延、テロなど、襲い来る脅威が何であれ、誰からも守ってもらえずに同じ運命を辿るのだろう。
へスンと一人のホームレスが一緒に地下鉄の線路を歩いていくシーンで、へスンは「家に帰りたい」と泣くが、それを聞いたホームレスが「俺には帰る家も無いんだ」と泣き出すシーンはあまりにも切ない。ゾンビが彷徨う町中を、安全な場所などあるはずもなく、ただどこへともなく逃げ回るシチュエーションは、生きる手段も目的も失った人間が、社会の真ん中で一歩踏み出す足場すら無く途方に暮れる構図と酷似している。この作品に登場するのは、家出少女にニート、頭のおかしなおばさんや文無しの風俗店店長など、社会の最下層で呻き声をあげる人々ばかりである。セリフがいちいちサイテーで、世知辛く、嫌になるほどリアルだ。
「新感染」にはエンターテイメント性を前面に押し出した印象があるからか、ストーリーは「ソウル・ステーション/パンデミック」の方が練られているように感じた。キャラクターの人となりがより良く展開に絡んでいるし、後半ではとんでもないどんでん返しが待っている。ちょっとした情報が決定的なネタバレになるため多くは語らないが、「新感染」の爽やかな終わり方とは対照的に、こちらはトコトン救いがない。
展開作りの上手さは「新感染」と同様で、無駄がなく、地味になりすぎないところは素晴らしい。CGアニメの出来は美麗とは言えないが、大勢のゾンビが階段から転げ落ちてくるシーンや、へスンが鉄骨を渡って逃げていくところへゾンビが次々に飛びついては落下していくシーンなど、アクションシーンは結構アクロバティックで見応えもある。
そういえば「新感染」について書いた記事で、『ホームレスの存在がよく分からん』というようなことを書いたが、『みんな死んじまった…』というセリフがあったし、彼はきっと本作の事件の生き残り、という存在だったのだろう。ソグやサンファらの登場も少し期待したが、直接繋がっていると取れる部分は、ホームレスと女ゾンビ、そしてヨンソクの『バスが通行止めを食らってみんな引き返してる』というセリフだけだった。
ロメロ至上主義の僕としては、やはりゾンビと社会は相性がいいということを再確認できて、大満足だ。やや渋みが強いので、カップルやご家族には勧められないが、ゾンビ映画が好きなタイプの人間にはバカ受け必至の映画だと思うので、是非観てみてくださいね!!
…このブログにおいて、敬語とである調と口語が混ざったり、頭よさげなこと書いたりふざけたこと書いたり、キャラの定まらなさが自分の中で少し問題になっている。映画感想ブログは数あれど、「あのブログはなんか丁度いいよね」と言われるような文章が、いつか書けるようになりたいなぁ…。